「おーおっしま~!!」
幕が下りた向こう側の拍手やざわめきを舞台袖で聞いている大島に、後ろから突然首にぶら下がっている藤山。身長差約30センチ、これは武器になる。呼吸を確保するために、必死で藤山の腕を引き離そうとしている背高のっぽの彼は、今日のこの舞台の大道具を一人で作り上げた強者だ。
藤山の暴走を止めようとネズミの衣装のまま、谷崎が走り寄った。二人がかりでようやくもぎはなした。
「死ぬ・・・かと、思った。」
そういいながら、大島は笑っていた。いつも温厚な彼だから、周りの連中が羽目を外して迷惑をかけてきても苛立ったそぶりを見せたことはない。でも、今日のこの笑顔は、舞台袖で聞く、あの拍手の音が引き出している。
今日のこの舞台は、新入生歓迎会のために絵本の「歯いしゃのチュー先生」を元に作り上げたものだ。そしてこの舞台、腕利きの大道具係がいなくては始まらなかった。
そもそもチュー先生はネズミで、なおかつ腕利きの歯医者なのだ。彼を頼ってたくさんの動物たちがやってくる。ネズミと同じサイズなら、なんのことはない、普通の人間同士の歯医者の治療を連想してもらえればいい。でも、例えば相手が豚だったら? あるいはさらに大きな馬だったら? いかにも腕利きであることを提示しなければ、なぜ狐の紳士がチュー先生に治療をしてもらいたがったのか、説得力に欠けることになる。
そしてここがスタイグのすごいところだが、動物たちが擬似人間の社会を形成しているにもかかわらず、ネズミは肉食の大きな動物に食べ物として認識されているのだ。決して仲良しこよしの社会ではない。だからチュー先生は看板に「ネコやその他きけんな動物のちりょうはおことわり」と掲げなくてはならない。でも、彼は歯痛に苦しむ狐の姿を見て治療を断ることができなかった。さあ、どうなるのか。
舞台にするときに一番悩んだのがここだった。最初の大きな動物の治療は書き割にしてナレーションをかぶせれば、まあ、なんとかならないこともない。ホリゾント幕に映像を映す方法もある。だが、狐の治療のためにチュー先生は狐の口の中に入らないといけない。
「いやぁ、大島のおかげだよ。よくもまあ、こんな足場を組んでくれたよ。」
「・・・叔父さん家が鉄工所だから、色々用立ててくれたんだ。オレは別に・・・。」
大島はもぐもぐと口の中でつぶやいている。そう、確かに部材なんかを貸してもらったことや設営を手伝ってもらったことは事実だ。でも、舞台で狐の口がいやらしくチュー先生を飲み込もうと動くさまを設計したのは彼だ。彼が図面を引いて、言葉は少ないが丁寧に説明をして、この舞台はできたんだ。
「おい、二宮、そこで何、ボーっとしてんだよ。」
藤山に言われて、はっとした。そうだった。自分は、もうここにいるのだ。幕のこちら側に。こんな大道具を作ってくれるヤツがいて、下準備や色んな交渉事をこなす部長がいて、役者がいて・・・。
「ほら、撤収、撤収。午後には体育の授業があるんだからな。それまでに片付けるぞ。芝居は打ち上げまでが芝居だかんな。」
影の仕切り役、副部長兼会計の平田が指示を出した。大島はてきぱきと役目を終えた装置たちをばらしにかかった。藤山も慌てて小道具をケースにしまい始める。役者は舞台衣装のまま、冗談を飛ばしながらそれを手伝った。オレも、大島の横でドライバーを使う。目があって、にやり、と笑いあった。
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というわけで、コントと称して不定期に続けていた創作ものですが、さすがにコントとはいえなくなってきたのでカテゴリー「short story」ということにいたしました。今泉くんは大学生になっちゃったので出てこないし・・・。
ウィリアム・スタイグという方は、本当に才能のある絵本作家です。絵柄はややマンガチックですが、説得力とスタイリッシュさは見事です。また作品そのものは書かれるべくして書かれている作品、と絶賛してしまいましょう。ぜひ「歯いしゃのチュー先生」以外の作品もお読みください。特に「ねずみとくじら」は友達と分かれないといけないときに、そっと手渡してあげたくなる本です。出版はいずれも評論社から。
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