「あれ、谷さん、おはようございます。」
早朝のリビングには来客があった。スーツを着込んだ彼女は切り干し大根を盛った小皿をテーブルに置くと振り返った。
「おはよう、森哉くん。ごめんよ、こんな朝早くに押し
かけて。」
「いえ、いいんですけど。」
「あ、もーちゃん、起きた?朝ごはん持って行くわね。」
台所のドアが開くとお味噌汁のいい香りがふんわりと漂った。ご飯と味噌汁、鮭のホイル焼きがお盆で運ばれてきた。テーブルの上には大根とホタテのサラダ、肉じゃが、切り干し大根が並んでいる。朝から豪勢なのは一人暮らしの友人にしっかり食べさせたかったかららしい。
「今日は、どこかに出かけるんですか?」
「ほら、郊外にアウトレットモールが出来たろう?冬物を買い込みたいから付き合えってね。」
「そりゃ、ご愁傷様。」
「そんなにバカ丁寧に頭を下げなくてもいいよ。ふふ、こっちも昼酒が飲めるからね。楽しみなんだよ。」
「そうなの、谷さんってば買い物よりも、帰り道にあるワイナリーで昼間っからワインが飲めるのを楽しみにしてるんだから。」
「いいじゃないか、お互い様で。運転手してくれる分、昼食はおごるよ。」
二人のじゃれあいを横目に森哉は朝食にとりかかった。
「さて、ご馳走様。久し振りに家庭料理を堪能したよ。」
「お粗末様。」
時枝が食器を片付けかけると、洗い物を手伝おうと谷も立ち上がった。
「あ、母さん。ついでに洗っとくから置いといて。」
「わぁ、助かるわ。じゃあ、行きましょうか、谷さん。」
「悪いね、森哉くん。」
軽く会釈して返す。男前な母の友人は、自分にとっても気の置けない友人のような存在で、自然と優しくなる。
「ありがとう、母君を少し借りるよ。」
「じゃあ、お父さんが起きたら、お鍋のお味噌汁温めて食べてもらって。それとお昼ごはんはお弁当にしてあるからって言ってね。」
片手を振って了解の合図。女三人寄れば姦しいというが、二人でもなかなかにぎやかだ。
乗り込んだ車にエンジンがかかると、音楽が鳴り響いた。
「・・・これって、もしや?」
「あ、わかった?夏に一緒に行ったレビュウショウのライブCDよ。」
「ああ、そうだね。」
思わず黙り込む谷。
友人のたっての頼みで東京へ出かけて、件のレビュウショウを見たときのことを思い出す。それは未知との遭遇だった。ものすごい勢いで物販に並ぶ客。時々見かける不思議な扮装の人物。中には可愛らしい衣装の子どももいたが、何かよくわからない動物の着ぐるみ、しかも手には肉球までついているほど凝った着ぐるみも歩いていた。ショウそのものも内容以上に、どこかで訓練してきたとしか思えない息のあった観客の手拍子、拍手、掛け声に圧倒された。おかげで肝心の歌やダンスはすごかった・・・気がするという曖昧な記憶しか残っていない。
「すごく・・・懐かしいね。」
「でしょ、でしょ。ちょうど往復で2枚組がちゃんと聞けるの。BGMにぴったり。」
満面の笑顔の友人に、軽くうなづいてみせる。何事も忍耐だ。
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「オ~、ジョージアー♪」
帰りの車の中は二人で大合唱になっていた。
「いい曲よね、この曲も。」
「そうだけど、飲みすぎたからノドにくるよ、このシャウトはさ。」
「うん、まあ、フルボトル空くとは思わなかったわ。」
片手で口を押さえて笑いをこらえている。
「いや、最高に美味しくってさ。・・・ん、この曲は?」
「ラチェットさんの『夢よ』。きれいよね。」
確かに星がきらめくような前奏。でもこの歌詞は、なんて重いんだろう。
「あれ・・・。」
運転に集中しているふりをして、友人はこちらを見ないようにしている。もういい加減、くたびれるくらい生きてきた年だと思っていたのに、なんだってまた瞼が熱いんだろう。ショウでは、話に追いついていくのが精一杯で心にまで届いていなかったのが、今頃わかった。
「そうか、これを生では、もう聞けないんだね。」
「うん、そうね。」
「そうか、残念だ・・・ね。本当に。」
「うん、でも、聞くことができて良かったよね。」
水滴がこぼれないように、そっとうなづく。
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数時間後、リビングのソファで気持ちよさげに熟睡している谷とリビング中に戦利品を広げる母を今泉森哉は発見し、無言で自室にこもった。