SS:手持ち無沙汰で
郊外型のショッピングセンターというのは、随分オシャレになったものだな、と谷は2階のカフェテラスから中庭を見下ろして思う。
ゴールデンウィークの前半戦、ようやく日本国内民族大移動による転出入届ラッシュが一段落し、友人と息抜きの旅行に出かける予定だったのだが、時ならぬ病気の流行で中止になってしまった。何しろ一緒に出かけるはずの友人の仕事は保健師。連休返上で役所内に臨時に設けられた電話相談所に詰めることになってしまったのだ。
「ま、税金で雇われているから、市民の安全確保のために働くのは当然よね。」
約束が反古になったことを詫びながら、彼女は苦笑して言った。確かに。詫びられている谷も、事態が急変したら各家庭にマスクを配布する作業が待っている。当然、そのために臨時に職員が増えるわけではないので、手持ちの仕事と兼ね合いながらの作業になり、その交通整理を行わなくてはならない。
だが、とりあえず今は。
「・・・世は全て事もなし、か。」
運ばれてきたチャイを飲みながら、中庭に集う家族連れを眺める。実に楽しそうだ。天気もよく、もうすぐ始まるイベントを待ってステージ周辺に集まっている。谷にはよくわからないが、子ども番組のキャラクターが出るらしい。あの人たちは、こうやって他人に頭上から眺められているなどとは思わないのだろう。仮に気がついたとしても、だからどうだということもないだろう。
「おや、あれは・・・。」
親子連れたちから噴水のある広場に目線をずらすと見かけた姿があった。思わず頬が緩む。
「青春だねぇ、森哉くん。」
心の中でそうつぶやく。見つけた友人の息子はデートらしい。このショッピングセンターはシネコンもあるので、映画でも見に来たのだろう。手にパンフレットらしきものを持っている。実に初々しい。広場の片隅に出ているソフトクリーム屋の前でぎこちなく会話を交わしている。
「げっ。」
次の一瞬、植え込みの影に、これは見てはまずいものを発見した。ヲイヲイ、母親が息子のデートを覗き込むんじゃないって。慌ててチャイを飲み干し、カーディガンを羽織りなおすと外へ向かった。
全く、手持ち無沙汰なはずの休みが慌しくなったな。これも巡りあわせ、かな。にやり、と口角が上がった。
ここんところ巷をにぎわしているインフルエンザを発端にしているので、アップしようかどうか悩んだSS。読んでいただいたらわかるように、ほとんど関係ありません。単純に手持ち無沙汰の原因になっているだけです。でもベースは実話だったりします。あたしの話ではありませんが、本当に保健師さんたちは連休がなくなりました。そして、谷さんポジションの職場で働く方たちはマスクの配布などでたいへんお忙しい日々を過ごされていました。お疲れ様でした・・・と、過去形で言えないのが辛いです。
ま、本当に今回はサラッと。
それにしても・・・、地元のショッピングセンターなんぞでデートしたら知り合いにあいまくるので注意するようにね、もーちゃん。
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