エキストラ
バスから降りて、集合場所である公園に向かった。その公園はオフィス街の中心にあり、お昼には周辺で働くビジネスマンたちの格好の休息の場所になっているらしい。平日は背広姿が目立つ噴水の周辺にカメラなどの撮影機材などが置かれ、スタッフとおぼしき黒服の集団が慌しく動いていた。
噴水の反射に思わず目を細めていると、こっちだと呼ぶ声がした。初夏の日差しに緑を濃くした植え込みの側で鈴木先輩が手を振っている。
「遅くなりました。」
駆け寄りながら詫びた。
「いいって、いいて。田中のヤツが急に頼んだんだろ?」
「ええ、朝、家に電話がかかってきて、バイトをしてくれって言われて。随分、切羽詰ってたみたいだったんで、とりあえずここに来たんですけど。」
鈴木先輩は僕の知らない他のメンバーと顔を見合わせながら、頭をかいた。
「やっちゃったんだよなあ、あいつ。」
ニヤついたり、呆れ顔になったりしながら、一頻り田中先輩の話で花が咲く。どうやら二股発覚で朝から(昨日の夜から?)修羅場だったらしい。
「まあ、とりあえず人数揃える努力をしたから許してやるか。それじゃ、えっと・・・、今泉君だったけ、今日は夕方までかかるけどよろしく頼むわ。」
「こちらこそ。エキストラのバイトなんて始めてで、何をどうしたらいいのかさっぱりですから、よろしくお願いします。」
「なんてこたないよ。ほとんど待つのが仕事みたいなもんだからさ。」
そういいながら、ざらっと今日の予定を聞かされた。
風光明媚で知られる地方都市を舞台にした二時間サスペンスドラマのロケが昨日から行われている。今日は、夫の怪しい様子を疑うヒロインが、夫の働くビルを訪ねてくるというシーンと、ここから少し離れた海の見える喫茶店でヒロインが友人に悩みを相談するシーンを撮るということらしい。すでにビル近くの交差点での撮影の準備は進められ、そっちのエキストラはスタンバイに入っている。僕たちは喫茶店への移動までは用がなく、ただひたすら声がかかるまで待つのが仕事らしい。
「先輩は、よくこういうバイトをしてるんですか?」
「うん、まあ、オレは演劇部のヤツに知り合いがいてさ。そいつから話が来るんだよな。そういや今泉君って、高校のときは演劇部だったんだろ?勧誘なかった?」
「ああ、それは・・・。」
確かに勧誘はあったが、それほど熱心なものではなかったし、何より僕は役者じゃない。舞台に立つのではなく、舞台を作るほうがやりたかった。その辺りの考えが違っていたので、入部は丁寧に断った。
「・・・演劇部以上に田中先輩の英語研究会の勧誘のほうがすごかったんで。」
「そら・・・、災難だったな。」
笑いをかみ殺して答えられる。
杏野先輩といい田中先輩といい、どうやら僕は強烈な性格の人に振り回される巡り会わせらしい。
とはいえ、英語研究会に入ったこと自体は後悔していない。サークル名だけで判断すると英会話を学ぶことが活動の主体に見えるが、実は行動範囲が広い。もちろん、基本はそうなのだが、あちこちの幼稚園や保育園に出向いて英語で歌ったり人形劇を披露したりと外での活動が多いのだ。まだ一度しか、それも荷物運びとしてしか参加していないが、子どもたちが人形劇を見て小さな手で拍手をしたり、回らない舌で一緒に歌ったりする様子はとても微笑ましく、美しい光景だったから。
そんなことをぼんやり考えていると、急に黒服のスタッフから声を掛けられた。
「すみません、そろそろ喫茶店に移動するんで、あっちのタクシーに乗ってもらえますか?」
「あ、は、はい。先輩、移動だそうです。」
「おう、わかった。おーい、出発するぞ。」


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