今泉くん

エキストラ

 バスから降りて、集合場所である公園に向かった。その公園はオフィス街の中心にあり、お昼には周辺で働くビジネスマンたちの格好の休息の場所になっているらしい。平日は背広姿が目立つ噴水の周辺にカメラなどの撮影機材などが置かれ、スタッフとおぼしき黒服の集団が慌しく動いていた。

 噴水の反射に思わず目を細めていると、こっちだと呼ぶ声がした。初夏の日差しに緑を濃くした植え込みの側で鈴木先輩が手を振っている。

 「遅くなりました。」

 駆け寄りながら詫びた。

 「いいって、いいて。田中のヤツが急に頼んだんだろ?」

 「ええ、朝、家に電話がかかってきて、バイトをしてくれって言われて。随分、切羽詰ってたみたいだったんで、とりあえずここに来たんですけど。」

 鈴木先輩は僕の知らない他のメンバーと顔を見合わせながら、頭をかいた。

 「やっちゃったんだよなあ、あいつ。」

 ニヤついたり、呆れ顔になったりしながら、一頻り田中先輩の話で花が咲く。どうやら二股発覚で朝から(昨日の夜から?)修羅場だったらしい。

 「まあ、とりあえず人数揃える努力をしたから許してやるか。それじゃ、えっと・・・、今泉君だったけ、今日は夕方までかかるけどよろしく頼むわ。」

 「こちらこそ。エキストラのバイトなんて始めてで、何をどうしたらいいのかさっぱりですから、よろしくお願いします。」

 「なんてこたないよ。ほとんど待つのが仕事みたいなもんだからさ。」

 そういいながら、ざらっと今日の予定を聞かされた。

 風光明媚で知られる地方都市を舞台にした二時間サスペンスドラマのロケが昨日から行われている。今日は、夫の怪しい様子を疑うヒロインが、夫の働くビルを訪ねてくるというシーンと、ここから少し離れた海の見える喫茶店でヒロインが友人に悩みを相談するシーンを撮るということらしい。すでにビル近くの交差点での撮影の準備は進められ、そっちのエキストラはスタンバイに入っている。僕たちは喫茶店への移動までは用がなく、ただひたすら声がかかるまで待つのが仕事らしい。

 「先輩は、よくこういうバイトをしてるんですか?」

 「うん、まあ、オレは演劇部のヤツに知り合いがいてさ。そいつから話が来るんだよな。そういや今泉君って、高校のときは演劇部だったんだろ?勧誘なかった?」

 「ああ、それは・・・。」

 確かに勧誘はあったが、それほど熱心なものではなかったし、何より僕は役者じゃない。舞台に立つのではなく、舞台を作るほうがやりたかった。その辺りの考えが違っていたので、入部は丁寧に断った。

 「・・・演劇部以上に田中先輩の英語研究会の勧誘のほうがすごかったんで。」

 「そら・・・、災難だったな。」

 笑いをかみ殺して答えられる。

杏野先輩といい田中先輩といい、どうやら僕は強烈な性格の人に振り回される巡り会わせらしい。

とはいえ、英語研究会に入ったこと自体は後悔していない。サークル名だけで判断すると英会話を学ぶことが活動の主体に見えるが、実は行動範囲が広い。もちろん、基本はそうなのだが、あちこちの幼稚園や保育園に出向いて英語で歌ったり人形劇を披露したりと外での活動が多いのだ。まだ一度しか、それも荷物運びとしてしか参加していないが、子どもたちが人形劇を見て小さな手で拍手をしたり、回らない舌で一緒に歌ったりする様子はとても微笑ましく、美しい光景だったから。

 そんなことをぼんやり考えていると、急に黒服のスタッフから声を掛けられた。

 「すみません、そろそろ喫茶店に移動するんで、あっちのタクシーに乗ってもらえますか?」

 「あ、は、はい。先輩、移動だそうです。」

 「おう、わかった。おーい、出発するぞ。」

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コント:ホワイトデイ終了のおまけ

本編(というほどではないですが)はこちら

 http://bigwig.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_dfcc.html

その1.

「・・・はい、谷です。」

「うわーん、谷さーん、聞いてよぉ!」

「な、なに、なんなの?」

「あのね、あのね、もーちゃんのホワイトデイ用の買出しに行ったの、この間。」

「ふんふん。」

「それでラッピング用の袋とかを見てたら、もーちゃんいつの間にかいなくなってたのよ。」

「ほ~。」

「でね、どうしたのかと思って心配になって、でも最初にいた場所を動かないのが迷子の鉄則でしょ?だから待ってたの。」

「ふ~ん。」

「そしたら30分くらいして、ようやく戻ってきたのよ。ひどいと思わない?」

「あ~、そだね。」

「そだねって・・・、ちゃんと聞いてないでしょ、谷さん。」

「あーのーねー、時ちゃん。そもそも森哉くんは何歳よ?」

「18歳。」

「フツーは母親とホワイトデーの買出しに一緒に出かけること自体がおかしいの。」

「うう・・・、それはなんとなくわかるけど、なんか皆さんが期待してるって言うから・・・。」

「ああ、それは 聞いたことあるよ。でもね、それは彼が子離れしない母親にしようことなく付き合ってるのが評価されてのことだと思うんだよね。」

「そうなの?」

「まあ、十中八九そうだね。でなきゃ引かれまくるって。ま、あなたもそろそろ本気で子離れしなさい。」

「・・・頑張る。」

「それよりさぁ、私的にはその空白の30分に彼がどこで何をしてたか、気になるところなんだけどね。」

「えっと、トイレ・・・じゃなかったと思うけど。」

「そんな長いトイレがあるかってーの。ほら、前に言ってたでしょ?なにやら本命らしき女の子がいるって。」

「あ、うんうん。言った言った。」

「ふふふ~ん、そりゃ何か買ってたね、特別な彼女用に。」

「えええ~、あたしを放り出してぇ?」

「当たり前だと思うけど。クククっ。時ちゃん、いよいよ子離れして、これからは旦那との生活を見直しなさいよ。」

「・・・今更、そんなこと言われても。」

「まあ、まあ、私も用事あるから切るよ。元気だしなって。また聞いてあげるからさ。」

「うん、ありがとね。じゃあ、また今度。」

「じゃあね。」

その2.

「姉ちゃん、何それ?」

「あ、のぼさん、丁度いいところに。」

 コタツに当たりながら不思議そうに手の中のものをもてあそんでいる姉に声をかけると、ふだんどおりのふんわりとした笑顔が返ってきた。おもむろにリボンで飾られた小さな紙袋を渡される。

「何、これ?」

「今泉さんがこの間の晩御飯のお礼にって。ホワイトデーの人と同じで申し訳ないけどって。クッキー、とってもおいしいのよ。」

「・・・あ、この間のメガネくんか、兄貴の後輩の。」

 そういうとにっこり微笑んだ。それにしても何てマメなヤツ。あの兄貴とタメで付き合ってるにしちゃ人間的に堅いよな。でも、それより・・・。

「で、姉ちゃんは何もらったんだよ。」

「あ、これね。きれいでしょう?」

 そういって手の中のきらきらしたものを窓からさす光にかざして見せた。それはストラップだった。銀の星とクリスタルの小さな粒がまだ淡い春の陽に輝いた。

「色々とみのさんが面倒をかけてるからって、下さったのだけど、おかしいよね?みのさんはわたしの兄で、なのに学校の後輩なだけの今泉さんが気を遣ってるの。」

「ふーん、いいんじゃねえの。」

 ついぶっきらぼうな言い方になる。鈍いからな、この姉は。

「でさあ、それどうすんのさ?」

「うん、少し悩んでたの。ストラップをつけるような物が思いつかなくて。」

「そうだよなぁ。携帯とか持ってないし。鍵とかは?」

「わたしが持ってるの自転車の鍵くらいだもの。こんなに繊細なのに、傷つけたら可哀相。」

 つい無言になって頭をかきむしる。女の持ち物なんて訳わからん。すると急に立ち上がって裁縫箱を取り出した。

「ほら、見て、のぼさん。これ・・・、家庭クラブで作業していたときに余ったのだけど・・・。」

 取り出したのは細い革紐だった。器用な指先があっという間に留め金を通してストラップをネックレスに変身させた。

「ね、ちょうどいい。」

 首だけを動かして同意を示した。さっきまで窓の陽光にかざされていたストラップは若草色のセーターの胸元を飾っている。

「・・・喜ぶんじゃねーの、今泉さん。」

「そうかしら?」

「そうだよ。あ、いっけねー、今日も店の手伝いあったんだった。下ごしらえしねーと親父にどやされる。」

「頼りにされてるものね。」

 背中で声を聞きながら、もう返事はしない。したりしないんだ。

    ***********

 どうも気恥ずかしいシリーズになってまいりました。仕事でグダグダ煮詰まってるので、つい甘々なお話が書きたくなりまして。

 まあ、さすがに武士の情けで今泉くん自身は登場しておりません。こうやって青少年のコイバナは世間の話のネタになるのね、って感じで。

 次回は、いよいよお芝居ネタを本格的に始動・・・できるといいなぁ~。予定は未定の世の中です。

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コント:ホワイトデイ終了

 演劇部の部室は昔は弓道場だった。そのせいで戸を一杯に広げると川土手が眼前に迫ってくる。まだ春だというには早い季節だったが、陽光の心地よさは少しだけくたびれた気持ちをほぐしてくれた。

「おい、今泉、何やってんだ。」

「・・・なんだ、山崎か。」

 椅子に座って振り返りもしないでボソリとつぶやく。山崎と呼ばれた彼は気にも留めずに長机の上の可愛らしくラッピングされたお菓子を見つけた。

「うまそうだな、あいかわらず。これって毎年恒例のヤツ、だよな。」

「全く・・・。誰が言ったんだか、僕のお返しはすごいなんて・・・。なんで自由登校なのに学校に連日のように来なくちゃならないんだか。」

 今泉は年寄りめいた言い方でぼやいた。一方の山崎は机の端に腰掛けると、水玉模様のラッピングを器用にほどいて中のクッキーをほお張っていた。

「あいかわらず美味いな。こりゃ女子がほっとかないわけだ。」

「言っとくが、作ったのは僕じゃないからな。」

 それを聞いて山崎は盛大に笑いこけた。

「もーちゃんってば、バレンタインのお返しはちゃんとしないとダメでしょ!?」

 笑いこけながら今泉の母の声真似をしてみせる。

 芸達者なヤツ、と今泉は口の中でつぶやいた。笑いの発作が収まらないと話を続けることもできない。

「男がホワイトデイのお返しで手作りのクッキーを渡したら、普通ドン引きされるはずなんだよな。」

 山崎はクッキーをつまみながらうなづいた。

「それを杏野先輩がどうやってだか、女子に僕の手作りクッキーはもらってラッキーだと思わせたんだ・・・。おかげで、そんなに付き合いのない女子までお返し目当てに義理チョコをくれるんだぞ。結局、合格発表の後、母親の買出しに付き合わされて・・・。」

「ああ、卵とか小麦粉とかか?」

「もちろん、それもある。でもな、うちの母親はそれ以上にラッピングに執念を燃やしてて・・・。いい年して、なんで僕がファンシーグッズ売り場にいなくちゃならないんだか。」

「そりゃあ、キツイな。某サンリオとかのグッズは男にゃわからんもんな。でも、数学の近藤さ、結婚前の彼女にキティちゃん柄のトランクスもらったって言ってたぞ。」

「えぇっ?」

「ほら、ヤツ、ああ見えてバスケ部の顧問だろ?遠征のときに三井が見たんだって、近藤のキティちゃんトランクス。」

「・・・・・・気の毒に。」

「だから、ま、気にするな。ファンシーグッズはあくまでも女子のためであって、今泉が使うんじゃないんだからな。」

「当たり前だ。」

 憮然として答える。どうやったら山崎にあの時間の苦痛を伝えられるものやら、と考えながら。

「そういやあさ、この間、二宮がおまえン家に行ったんだって?」

「ああ、小説読んで感想聞かせてくれって。」

 急に話題を変えた山崎は、少しまじめな表情をしていた。

「うん、でさ、その小説を芝居にしようって電話したんだって?」

「・・・いけなかったか?」

「おいおい、早手回しに結論を急ぐなよ。誰もいけないなんて言わねぇよ。」

 今泉は憮然とした表情になった。こういうやんわりとした言い方をする山崎は要注意なのだ。言いたくないけど言わないといけないこと。それを言うときの常套手段。

「俺たち、もう卒業式も済んだよな。」

「確かに。」

「俺たちからすれば後輩だった連中も四月からは先輩って呼ばれるんだよな。」

「それで?」

「今泉、ゆっくりやろうぜ、な。」

 山崎は今や机の上に胡坐をかいている。

「俺は、さ、四月になれば東京に行く。だから当分、おまえらには会えない。向こうが軌道に乗れば、きっとこっちでのことなんか二の次になる。でもさ、助けがいれば、呼んでくれさえすれば、できることはやるぜ。なんのために今まで一緒に芝居なんて益体もないことに血道あげてきたと思ってるんだ?」

「・・・うん、そうだな。」

 今泉は、それだけようやく言えた。二宮の小説を読んで、芝居にしたい、と思ったのは自分が今の居心地のいい環境を離れがたく思っているからだ、と気がついていた。でも、もう部長としてあちこちへ折衝してくれた山崎はいなくなる。後輩たちは、自分たちの思うような芝居を志すだろう。その中で、自分はどこに居場所を見つければいいんだろう。その不安が自分を二宮に、あの小説を芝居にしろ、と強引に説得の電話をさせたのだ。

「ま、でも、芝居は面白いからな。それに二宮はいいよな、舞台栄えする。」

「そうだろ。あの話の主人公って二宮だとはまるよな。」

 ついさっきまで下り気味だった気分が一気に高揚する。

「そうそう、ヤツってば某ジャ○ーズに入れたいくらいだし。」

「確かに。」

「ヤツを舞台に上げれば人気出るよな。」

「うんうん。」

「そうしたら演劇部の入部も増えるだろうな。」

「狙いどおりなら・・・。」

 二人は顔を見合わせ、ほくそ笑んだ。

「こりゃあ、やるしかないな。」

「全く、その通り。」

 ここに二宮渉の主演・脚本が悪のOBによって決定したのであった。

    ********

 というわけでコントの回は、なんとなく本日のお品書きをお休みにしております。

 二宮くんと今泉くんのやりとりはこちらをどうぞ。

 http://bigwig.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_9d38.html

 なんかメチャメチャ笑えるコントが書きたかったのに、今一つ力及ばず、です。というかコントになっているのでしょうか?今年になってから始まったこのブログの創作コーナー、懲りずに今後も続く予定(?)です。

 

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コント・剣術小町、続き

 このコントの前段はこちらから=https://app.f.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=15825119&blog_id=471766

  ***********

「お兄ちゃん、電話だよ。」

 ノックがロクに終わらないうちから扉を開けて子機が突きつけられる。思わず不機嫌な声で聞いた。

「・・・誰から?」

「えーと、今泉とか言ってたような・・・」

 思わず子機を奪い取った。良かった、保留してある。手でシッシとはるかに出て行けと伝えると、ふくれっ面をしながら後ろ手で扉を閉めた。とりあえず深呼吸一つ。

「・・・もしもし、えっと二宮です。」

「ああ、すまない、今泉だ。今、時間、大丈夫か?」

「は、はい。」

 心臓が苦しい。この間、自分の作った小説を理路整然と批評されて、思わず泣きそうになったばかりだ。

「この間、卒業式の後で山崎たちと話してたんだが、その時、おまえの小説の話が出たんだ・・・。」

 慌てて口を押さえる。悲鳴が出そうだ。

「それで少し確認したいことがあって電話したんだけど・・・、どうかしたか?」

「え、ひぃえ、すみません、花粉症なもんでクシャミが出そうになって。」

「ああ、そりゃ辛いよな。」

 納得してるよ。まあ、今の時期はこの話題が一番無難かも。

「それで、話の続きなんだが、あの話は設定を借りてるって言ってたよな。」

「ああ、えっと設定っていっても名前だけです。公式ではほとんど出てこない人物なんで。」

「ふうん、それなら著作権的に問題はないな。」

 なんだか嫌な予感がする。なぜ著作権なんてものを心配してるんだ?

「あの、先輩・・・、話が見えないんですけど。」

「うん、そこのところをクリアしてないと話が前に進まなくてな。実は、あの話を元にして芝居を一つ作らないか?」

 ビンゴだ・・・。悪い予感ほどよく当たる。

「ダメか?」

「ダメっていうか。・・・だって先輩、この間、いっぱい欠陥があるって言ったじゃないですか?それを何で、そんな芝居にするなんて・・・、無茶ですよ。」

「もちろんあのままじゃダメだ。」

 今、刺さった、なんかナイフ的なものが心の奥に刺さりましたよ、先輩。

「この間、僕が指摘した問題点があったよな。」

「はぁ、一番の問題は人物の立ち位置がわかるようなエピソードが足りないって・・・」

「そう、そこで子ども時代のエピソードを入れたらどうかと思うんだ。で、夏休みに演劇部で小学生を交えてワークショップをするから、そのシーンを小学生に演じさせると面白いものになりそうじゃないか?」

 考えてみた。そういえば指摘されながら、この二人は幼馴染で、なんてこと言ったっけ。確かに面白いかも。自分が書いた話が演じられる。なんだか頭の中でアドレナリンが生成される音が聞こえてくるみたいだ。

「でも、先輩。先輩、卒業したのに、なんで演劇部の夏休みのことなんて・・・。」

「藤山いるだろ、あいつもいたのさ。卒業式の後の追い出し会にね。」

 そういや藤山は演劇部の副部長だった。

「というわけで、二宮、おまえも四月から演劇部に入るんだぞ。」

「・・・・・・せ、先輩!」

「いやだとは言わないよな。自分の書いた作品を他のヤツに任せるほど無責任じゃないよな。」

「でも、自分は演劇のことなんか何にもわかりませんよ。」

「当たり前だ、わかられてたまるか。」

 う、温厚な今泉先輩が怒った。いや、今日の電話は初めから温厚とは言いがたかったけど。

「・・・すまない、きついこと言った。」

「え、あ、いえ、先輩がお芝居が好きなのも大事に思ってるのもわかりますから・・・。」

「そうか、わかってくれたか。」

 豹変、豹変した。さっきのドスのきいた声から一変して朗らかになってるんですけど。

「じゃあ、詳しいことは藤山と相談してくれ。夏休みは手伝いに行くからな。」

「へ、あの、先輩?」

「忙しいところすまなかったな、じゃあ、また。」

「・・・・・・・」

 断れなかった。断れなかったよ。げぇえ、藤山と相談かよ。あいつ、曲者じゃん。逃がしてなんか・・・くれないよな。

 ため息一つ。それでも机の引き出しの中にしまいこんだノートを取り出した。エピソードを付け足すために。

   *********

 今回も長くなりすぎたので「本日のお品書き」はお休みです。 

 前回のコントで今泉くんが何を言ったのか考えていたらこんな結果になってしまいました。うーむ、世間はバレンタインとかホワイトデーとかでラブイベントがいっぱいあるのに、どこまでも生真面目なヤツ。そして、その犠牲になる可哀相な二宮くん。

 

 

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コント・剣術小町

「今泉先輩、お邪魔しまーす。」

 今泉は自分の椅子に座ると入ってきた後輩に声をかけた。

「どうぞ、その辺に座って。あぐら掻いていいから。」

「じゃ、遠慮なくっと。それにしても先輩の部屋って片付いてますね。」

「モノが少ないからだろう。親父が転勤族で引越しが多かったから、自然とモノを増やさないようになったんだ。で、二宮、何の用だい?」

 部屋の様子をキョロキョロ見ていた二宮が慌ててカバンからノートを取り出した。

「これ、何ですけど・・・。えっと、先輩はよく本読んでるし、それを元に脚本も作れるんで、できたら、これ、読んでもらって、それで批評をしてもらないかなって・・・。」

 ノートを受け取ると、今泉は少し首を傾げた。

「読むのは読むが、感想くらいしか言えないよ。」

「もちろんです、十分です。よろしくお願いします。」

「オーバーだな。いいけどね。で、題は『寿』・・・、か。おめでたい話なのかな。」

「はい、そりゃあもう。あっ、ただ設定とか少しよそからお借りしてるんで、まったくのオリジナルって言えないのが、ちょっと。」

 言いながら頭を掻く二宮に、今泉は軽く笑いかけた。

「初めから完全なオリジナルが書けるヤツなんかいないさ。それにオリジナルだとしても誰かの影響を受けてないヤツもな。さて、じゃあ読ませてもらうよ。」

   * * * * * * *

「大河さん、疲れたかい?」

「いえ、僕は大丈夫です。双葉さんこそ、僕の倍以上の人数に稽古をつけてたじゃないですか。」

 大河の言葉に明るい笑い声が返ってくる。全く、と心の中で思う。どっちが男かわからないじゃないか。

「それより大河さん、あそこの茶店で団子でも食べないか。先生から出稽古の代理を頼まれた駄賃があるんだ。」

「あ、いいですね。そういえば小腹が空きました。」

 二人で茶店の椅子に腰掛け団子をほお張った。

「うまいな。」

「ほんとですね。」

 そう言いながら、つい隣に座っている人を盗むように見てしまう。評判の剣術小町が稽古をつけてくれるというので道場の門人が一人残らず集まったという。最近、習い始めた者や幼い者たちは自分が稽古をつけたが、それ以外の門人全てを片っ端から相手にして稽古をつけていたのに、汗一つかかずさっぱりとした表情で団子を食べている。それに比べて、自分はなんて不甲斐ないんだろう。

「どうしたんだ?さっきから黙りこくって。団子が喉につまりでもしたかい。」

「違いますよ。ちょっと、ぼんやりしてただけです。」

「そうなのか。なんだかおかしな大河さんだな。」

 屈託なく笑うと、双葉さんは団子をさらに頼んだ。それから、お茶も。

「喉がつまったらたいへんだからな。」

「あ、ありがとうございます。」

「堅苦しいな、大河さんは。なあ、空をごらんよ。今日はいい天気だ。抜けるような青空だな。」

「そうですね。これなら秋祭りも大賑わいでしょうね。」

「色んな出店をひやかして歩くのは楽しいだろうな。旅の一座も来るらしいし。」

「楽しみですね。」

「ああ、そうだな。」

    ◇ ◇ ◇

「なあ、聞いたか?今日の朝稽古、大河が休んだ理由。」

「確かに珍しいよな。あいつが休むなんて。具合でも悪いのか。」

「違うよ。・・・ここだけの話だぞ。見合いだって。」

「ええっ!」

「バカ、声がでかい。こっち、こっち来いって。」

 朝稽古を終えた他の者が片付けて家に帰り始めているのを横目で見ながら道場の隅へ行くと、男二人でこそこそと内緒話を続けた。

「で、相手は誰なんだよ。」

「遠縁の娘くらいしかわからないけどな、すっごい別嬪だって聞いた。」

「それにしても急な話だな。」

「ほら、大河って大事な一人息子だってのに道場に通い詰めてるから、そろそろ身を固めさせて、跡取りとしての修行をさせようってことらしいぜ。・・・って、うぎゃあ、苦しい。」

「ひいっ、双葉さん、どうしてここに。」

 男の襟首を掴んだ双葉の表情には怒りを示すものは見つからなかった。でも、男二人は逃げることもできないくらいの恐怖感に打ちひしがれていた。

「時と所。」

「はいぃ?」

「時と所を教えろ、と言っている。」

 そこで双葉は手の力を少し緩めた。ようやく喋ることもままならないほど首を絞めていることに気がついたのだ。内緒話を仕掛けた男は、しばらく首をさすり、ようやく呼吸を整えることに成功すると、問われたことに応えた。

「・・・本町の料亭、春木屋・・・、今日の正午、だって、それ以上は知りません。」

 聞きたいことを聞くと双葉は二人を放置して、風のように駆け出した。

   ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

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コント・バレンタイン直前

 これは去年の今頃のお話。脚本風に仕上げてみました。

 いつもの今泉家のダイニング。今泉くん上手から登場。テーブルにカバンと紙袋を置く。

「ただいま。」

「あ、お帰りなさい。」

「なんかいいことあったの?ケーキ焼いてるけど?」

「うふふふふ~。そういう自分こそ、なんかいい匂いのするもの持ってない?」

「ああ、これかな。家庭クラブの部長がくれたんだ。食べる?」

「そうねぇ。(袋から中身を取り出しながら)わあ、チョコクッキーにチョコレートケーキ、トリュフまであるじゃない。あら、チョコレート尽くし。・・・ということは、もしかして一足早いバレンタインチョコじゃないの?!・・・それにしてはラッピングが貧相な気が・・」

「あのねぇ、いくら僕でも自分がバレンタインにもらったチョコを母親に食べろ、なんて言うわけないだろ。家庭クラブでみんなに頼まれて作ることになっているバレンタインチョコの練習台の余りをもらったんだよ。」

「そうなんだ。そうよね、下手に自分で手作りするより得意な子に頼んだほうが安全よね。でも、作ってあげてもお金もらったりできないんでしょ?」

「材料代はもらうみたいだけど、なんかそれよりプライスレスなお礼がもらえるらしいのがどうとか。」

「プライスレスねぇ。なんとなく見当はつくけど。それより、これ全部食べるの?」

「どれが一番気に入ったか教えてくれって頼まれた・・・」

「え、何?あなたがどれが一番美味しかったか、ってことを聞かれてるの?」

「うん。」

「うん、じゃない。はー、わが息子ながら情けない。全くお父さんそっくり。接待ゴルフを自分の趣味と勘違いしているような、不器用を絵に描いたような生真面目な日本のお父さの代表みたいな。」

「何をいきまいているのかわからないけど、こっちのケーキの理由は何?」

「ああ、そうだ、森哉くん、一緒に東京に行かない?」

「は、何しに?」

「何しにって、ちょっと行きたいところがあるの。でも、都会に一人で出かけるなんて、お母さん、ものすごく久し振りだから不安で。」

「いや、僕も母さんが一人で東京に出かけて、目的地にたどり着ける見込みが薄いのはわかるけど、でも何しに?」

「・・・ちょっと、ライブに・・・。」

「何の?」

「・・・アレ。」

「アレって・・・、もしかしてあの・・・アレ?」

「たぶんもしかしなくても、アレ。」

「で、このケーキは懐柔策というわけか。・・・あー、頭痛い。普通の高校生がケーキで釣られるわけないだろうに。」

「だめ?」

「行きたい、というのはよくわかった。でも学校も部活もあるから無理。いっそ親父と行ってくれば。」

「できるわけないでしょ!!そもそもゲームだって、こっそりばれないようにやってるのよ、専業主婦の特権をフルにいかして。」

「自慢にならないから、その辺。」

「うう、痛いところを・・・。こうなれば最後の手段。谷さんに頼もう。」

「は、谷さんに?・・・気の毒に。いわゆる堅い職業の人なのに。高校時代の同級生だってだけでどこまで面倒かけられるのやら。」

「いいの。彼女、自分の好きなことに忠実に生きることにしてるから大丈夫。」

「母さんもいいかげん親父にカミングアウトしたら?」

「・・・ダメ、絶対ダメ。恥ずかしすぎるもの。」

「息子にはばれてもいいんだ。」

「だって、あなたは生まれたときから一緒だもの。色々、お父さんとは違うの。さ、電話しよっと。」

「(電話をかける後姿を見ながら独白)親父、社宅時代の近所付き合いで精神的に参った母さんが現実逃避でゲームにはまったこと知ってるし、小学生の僕に、母さんは一風変わってるかもしれないけど、ありのままの母さんを受け入れような、って言ってた人なんだけど。まあ、いいか。」

     ***幕***

 去年の今頃なのでアレは武道館のアレです。わかる人だけわかる、わからない人は適当に想像してください。初めてチケット大戦に参戦したのも懐かしい記憶です。いやぁ、武道館はすごかった。あんな鳥肌が立つような歌が聴けて、あたしは本当に幸せでしたよ。それにしても今年の今泉くんはちゃんとなんとかなったのか、な?

本日のお品書き

chocolat(ショコラ)

アーティスト:園崎未恵

chocolat(ショコラ)

 本日発売。家に帰ったらこれが届いているかと思うと嬉しくて嬉しくて。朝からテンション上がりまくりでした。落ち着け、あたし。

 というわけで、冷静な感想とは全く無縁です。無関係です。それでもよければお付き合いください。

 まずジャケットの白のチュニック(ワンピース?)を着た園崎さんがほのかな明かりの中で微笑んでいるのに心の中でキャーって叫び、もう一回落ち着け、と自分に言い聞かせてしまいました。中を開けると、今度はそのままお持ち帰りしたくらい可愛らしい黒のベルベットのワンピースを着た園崎さんがいるではありませんか。あ、変な意味じゃないですよ。お人形さんみたいに可愛らしい、と言いたいだけですからね。さらに歌詞カードを開こうとしたら今度は白園崎さんと黒園崎さんが二人でチェスをしているではありませんか。はい、ファンには嬉しいサービスです。

 さて肝心のお歌は、といいますと、なんかまたイメージが変わりましたよ。前回はハピラッキーな明るい曲が中心でした。その前のCDはリリカルで切ない歌声にまいりました。今回はジャズ、ということなんですが、本当に歌い方が違うんですよ。なんというか、役者さんなんだな、としみじみ思いました。

 歌い方がね、なんともいえません。ジャンルの問題じゃなくて、とにかくやたら音階が行ったりきたりしてる上に、歌詞の音符へののせ方が超絶技巧的ではないかと思うのですが。音楽に詳しくないので本当はどうか判断できないのですが、ものすごく歌いにくい気がします。いや、少なくともあたしは歌えません。でも、園崎さんの歌は歌詞がきっちり聞き取れるのがすごい。歌詞カード不要なくらい。そういう技巧的な曲が多かったのでカバー曲である「all of me」「one more kiss dear」で一息つく感じです。

 それにしても本当にすごいのは、最初はそこまででもないのに聞けば聞くほどはまる、クセになる歌声かもしれない。当分、このCDばっかり聞いてることになりそうです。

 

 

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コント・負け犬のつぶやき

 玄関でチャイムが鳴っている。それで目が覚めた。だいぶ熱が引いたみたいで、体が楽になっている。

「大丈夫?生きてる?」

 時ちゃんだった。布団から軽く手を振る。良かった、来てくれた。

 インフルエンザにかかって寝込んでしまった。最初の一昼夜は高熱と関節の痛みの激しさに起き上がることもままならなかった。二日目には痛みは落ち着いたが、熱が引かない。一人暮らしの悲しさで食料品の在庫が少ない。けれど、とても買出しに行ける状態でもない。こんな時に頼れる人間は少なかった。

「んーと、熱はどうかな。」

 冷たい手が額に当てられる。気持ちがいい。だけど、ちょっと待て。受験生の息子がいるんだから、頼んだ買い物だけしてくれればいいとメールしたはずだぞ。森哉くんにインフルエンザがうつったらどうするつもりだっつうの。

「何、その手振り。ええっと、お腹すいた?」

 違う~。ああ、もう声が出れば!さっきから気になってるカバンやエコバッグの中身も聞けるのに。すると、そこのところは気持ちが通じたらしい。

「あ、これ?そうそう。谷さんってばスーツとジャージしか持ってないでしょ?汗をかくときはやっぱりパジャマを着たほうがいいんだよ。だから持ってきました。というか買っちゃいました。こんなの着せてみたかったのぉ。汗かいたでしょ?着替えちゃって。その間に台所使うから。」

 なんじゃ、こりゃあ。なんかシルク?ミルクティー色の手触りスベスベのパジャマ。なんかそこそこのホテルにレディースプランかなんかで泊まったときにありそうな・・・。ままよ、汗をかいたのは事実だし、着替えよう。気力のあるうちに。

 それにしてもパジャマまで買ってくるとは。まずいなぁ。寝込んでて銀行でお金をおろせなかったから、今日、代金が払えないかもしれない。・・・それにしても、何を作っているんだろう。いい匂いがする。お味噌汁、かな。

「はーい、お待たせ。あら、エライ、エライ。ちゃんと着替えたわね。」

 あんたは私の母親か、というツッコミをこらえ、手渡されたお椀の中身を見る。湯気があごに触れ、しっとりとする。

「それね葱と生姜とお味噌をお湯で溶いたものなの。効くらしいのよ。攻略本の用語集に書いてあったの。」

 何、攻略本の用語集って。あれか、例えば『攻略・あなたにもできる民間療法』みたいな本か・・・。いや、気にするまい。味は普通に葱味だし、確かに体に良さそうだし。

「葱のアリインという成分がいいんだって。あったまるでしょ?」

 軽くうなづく。満足したようににっこりした時ちゃんはおもむろに、私が脱いだばかりのジャージを手にとって立ち上がった。

「ついでに洗濯しとくね。」

 ちょ、待って。今度は本気で本当に待ってほしい。いくら同性の友達だっていっても下着まで洗濯されるのは困る。というか、さすがにその程度の恥じらいは持ち合わせている。

 ああ、モーター音が聞こえる。もっと体が回復していたら止められたのに。いや、それ以前に買いだしを頼んだりしなかったのに。

「干しても取り込むのがたいへんだろうから乾燥までセットしたから。洗濯機から出すくらいはできそう?」

 半ば涙目になってうなづいた。ありがたい、ありがたすぎて涙が出ます。でも、私はあまり人にかまわれるのが得意ではないんだ。だから、いまだに独り者なんだって、これはしゃべれても口にはできないセリフ。

「そしたら冷蔵庫の中に食料品を入れてあるから、レンジで暖めて食べてね。小鉢なんかは明日にでも取りに来るから。それと、色んなものの代金は元気になってからでいいからね。ちゃんとレシートは取ってあるし。お金のことをいい加減にするの嫌いだもんね。」

 時ちゃんは急に黙り込んだ。頭元で正座をされると、こちらまで気持ち畏まってしまう。

「あのね、あたしが帰ってから、来てもらうんじゃなかった、とか考えないでね。だって、あたし、家族以外で誰かに必要とされることってあんまりないから。専業主婦も寂しいんだよ。だから、谷さん、困ってるときはすぐに言ってね。あたしも、困ったら助けてって言うから。」

 眉を寄せて、少し口を尖らせて話す姿が高校生の頃の彼女と重なった。人間、年を取っても変わらないところってあるもんだな。そっと手を伸ばして膝を軽く叩く。了解したよ。思いをこめて。それから二人でにっこり笑った。気持ちだけ十代に戻ったみたいに。

本日のお品書き

負け犬の遠吠え

著者:酒井 順子

負け犬の遠吠え

 あんまりコントっぽくなりませんでした。谷さんって生真面目なんだよね。この本を読んで思いついた時点では、もっと笑える話にするはずだったのだけど。これも性格、ということで。

 出版された当時、流行語になってましたが、どういう内容なのか全然知りませんでした。最近、書架で見かけて、どうも気になって読みました。だって、この本が日本十進分類法で36の社会学に分類されてるのが腑に落ちなくて。読んでみても、やっぱり納得いかない。914.6の日本の現代の随筆(いわゆるエッセイ)に分類されるのが妥当でしょう。出版している講談社も奥付に914としているし。

 それにしても著者である酒井さんも、この後、腐女子とかいった人種が出てくるとは思ってもみなかったでしょうね。世の中のレッテル貼りにどれだけの意義があるのかわかりませんが、レッテルを貼ることによってわかった気になれるということはあるのでしょうね。

 ちなみに風邪に効く葱の使い方を載せている攻略本はあります。すごいな、ファミ通。

 

 

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その後の杏野先輩

「ただいまぁ。」

「あ、ミノさん、お帰りなさい。バックパック貸して。洗い物出すから。」

「おう、頼むわ。さすが葉子は気が利くな。」

「今泉さんもお疲れ様でした。晩ご飯できてるから上がってください。」

「ありがとう。って、うわ、君、何。」

 小料理屋花房の勝手口を入ると、すぐに階段があるが、その階段から女の子が飛び降りてきた。髪を後ろで三つ編みにしているのしか、今泉には見えない。そのまま、修羅場に突入したのを葉子に袖を引っ張られるまで、唖然として見ていた。

「ちょーっと、待った。ギブ、ギブ。真理絵、とにかく襟首締め上げんのやめて、締め上げんなって。死ぬってーの。」

「うるさーい。こんなもの送ってきて、一体、どこで何してきてたのよ!?」

「新聞で顔はたくのも止めろって。・・・っていうか、何、この新聞?」

「自分が送ってきたんじゃない。こっちこそ聞きたいわ。大体、この新聞、どこで買ったの?そもそも何語で書かれているの。言ってみなさいよ。」

「あー、やっと息ができる。えっと、これはヒンズー語だね。インドで買ったやつか。」

「・・・なんで、なんでインドなの?」

「なんでって、行ってきたから。」

「行ったからって、なんで私にこれを送ってくるのよ。」

「いや、真理絵はジャーナリスト志望だろ?こういうのも役に立つかと思って。」

「一度、言いたかったんだけど、あなたバカ?読めない新聞もらって、どうしろっていうのよ。ホントにバカなんだから。せっかく入った大学にロクに行かないでフラフラして、心配かけて。」

「いや、大学は上手くやってるから。・・・っていうか、心配してくれたんだ?ウギャ、新聞ではたくのやめろぉ。」

「本当に、一体どこをどうほっつきまわっていたんだか・・・。変なメガネまでかけて帰ってくるし。」

「うーんと、タクラマカン砂漠?で、このメガネは、砂漠から俺の目を守ってくれた優れもの。だから、はい、お土産。」

「・・・メガネ、大きすぎ。ずれちゃう。大体、私はコンタクトだし。・・・タクラマカン砂漠って、こんなメガネがいるくらいすごかったの?」

「そうだな、話せば長くなることだし。飯食っていけよ。ゆっくり話してやる。」

「・・・あ、ありがとう。でも、お母さん一人でご飯を食べさせると可哀想だから。」

「ああ、そうだな。わかった。じゃあ、送っていくよ。コートとか取ってきな。」

「うん。」

 慌てて勝手口の影から移動する今泉と葉子。

「真理絵ちゃん、怒ってたね。」

「・・・ううむ、あれがいわゆるツンデレというヤツか。」

「今泉さん?」

「あー、なんでもない、なんでもない。ほら、見てごらん。もう仲良しだよ、あの二人。」

「うん、良かった。」

「それにしても、あの先輩をタジタジにする人間がいるとは思わなかった。」

「真理絵ちゃんのこと?」

「そう。確か、葉子ちゃんの同級生だったよね。先輩からすると、四つも下の女の子なんだけどな。」

「でも、真理恵ちゃんは鈴姉さんに似ているから、なんとなくわかる気がするの。ミノさんてば、物事に真正面からぶつかっていくタイプに弱いんだもの。うふふ。」

「?・・・何がおかしいの?」

「今泉さんも似てるなって。そう思ったら、なんとなく。」

「・・・・・・。」

「こらぁ、いい加減、飯食いに来い。オレの自慢の茶碗蒸しが冷めちまうぞ!」

 なんとなくいい雰囲気なのに、杏野家の第四子、升が階段の上から大声をかけてきた。

「ごめんね、ノボさん。今泉さん、早く行きましょう。弟を怒らせると、これもまた面倒なの。」

「あ、うん。えっと、その前に、あのさ・・・」

「はい?」

「来週の日曜、空いてるかな?」

「たぶん、何もなかったと思いますけど。」

「じゃあ、さ・・・」

      ***********

 というわけで、誰からも堅物とか生真面目とかでバカ呼ばわりされる今泉くんに幸あれ。そして今回も、本日のお品書きはお休みなのでした。明日から平常運転に戻れるかな、戻れるといいなぁ。

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その頃の今泉家

 冬の今泉家のリビングはちょっとおかしい。なにせソファを隅におしやって、無理やりコタツを置いているのだから。そして、今夜、コタツの上で鍋が暖かそうな湯気を立てている。

「今日は、森哉は友達とでかけたのか?」

「そうなの。あ、その前に杏野先輩が帰ってくるからって迎えに行ってるけど。」

「ああ、花房の長男の、確か実くんだったな。たいそう優秀な息子さんだと聞いているが。」

「すごいわ、さすが商店街の家族構成の全てを把握する地元の銀行マンね。でも、実さんは優秀、というのとはちょっと違うわよ。」

「ほう、どんな風に?」

「舞台の麗人、普段は変人、って言われてるもの。そりゃ、勉強もスポーツもやれば何でもできるけど、やりたいことしかやらないんだって。」

「そりゃ、もったいない気がするな。何でもできるのにしないっていうのは。でも、おまえの言い方だと、それを嬉しがってるみたいだがなぁ。」

「あ、わかる?だって、何でもできるけど、やりたいことしかできない、っていうのは究極の不器用でしょ。そこのところが気に入ってるの。」

「そういうものかね。」

「そういうものよ。」

「そうか、じゃあ、森哉にもいい影響を与えてくれんかな。あの子は、妙に生真面目で、いくら私が今年退職するからって、家計のことを考えて大学を選んだのなら不憫だよ。もっと、自分のしたいことにがむしゃらに向かっていってくれてもいいんだが。親のことなど気にせずに。」

「うーん。それは性格だから無理な気もするけど。家のローンも終わってるし、年収は下がるけどあなたの再就職先も決まってるし、経済的なことは気にしないように言ってはあるから。それと、とりあえずは家から通えるから家にいさせるけど、大学生活が始まったら、なるべく早い時期に追い出そうと思ってるの。」

「追い出すって、また物騒というか不穏当というか。」

「一度くらいは一人暮らしをしてみるといいかなって思って。朝起きて、ご飯作ったり、掃除したり。自分のためだけにするの。必要だと思うのよね。あ、ビールもう一本飲む?」

「ああ、ありがとう。でも、一本は多いかな。」

「大丈夫。あたしもお相伴しますから。」

「じゃあ、頼むよ。やっぱり鍋にはビールが合うな。」

「でしょ、でしょ。はい、どうぞ。」

「うん、美味いな。・・・そうだ、ところで森哉は受験中なのにゲームをやってるのかい?」

「ひ、ひぇ、な、なんで?」

「いや、テレビの前にあるのはコントローラーというのだろう?それなりに受験のストレスがあるのかね。ゲームで発散させないといけないくらい。」

「あ、あれは、えっと、その、あたしがお掃除の途中でぇ、えっと、しまい忘れただけ。そう、うっかりしちゃったの。もーちゃんじゃないから。」

「ああ、そうなんだ。いや、まあ、いいんだがね。さ、コップ出して。」

「はーい、いただきます。」

 旦那様はごく普通の銀行マン、奥様はごく普通の専業主婦。でも、奥様は実は隠れゲーマーだったのです。でも、旦那様はご存知のようですが。何はともあれ、夫婦円満のコツは真正面から向かい合わないことのようで。

本日のお品書き

養老訓

著者:養老 孟司
                                                        

養老訓

解剖学の先生にして、虫好きの語り上手。養老先生の最新刊。この本の中に出てくるのです、夫婦円満のコツ。今泉夫婦によるコントでお送りしましたが、ぜひ、原典に当たってくださいまし。何せ、コントは笑って話を落とすことが至上命令なのですよ。

他にも、年取ったらこうしようぜ、という話ではあるのですが、若い人が読んでも面白いですよ。世の中の息苦しさの理由がストンと飲み込めますので。

 

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今泉くん、先輩に会う

 駅前の雑踏の中に一際目立つ姿。よれよれのコートにくたびれたバックパック。しかも不恰好な黒縁のメガネまでかけている。全く、先輩はふらりと旅に出るたびに汚れ度が上がる。ああ、こっちに気がついた。手を振っている。

「よお、今泉。出迎えご苦労。」

「どういたしまして。それにしても汚い格好ですね。家の敷居をまたがせてもらえないんじゃないですか?」

「ふむ、小料理屋だからまずいか。なーに、勝手口から入ればいいってことよ。」

「そういう問題ではないような気が・・・。いいですけどね、僕は。でも、なんで伊達メガネまでかけてるんですか?」

「いいところに気がついたな。実は昨今、メガネ男子というのがもてるらしくてな。かけてみたんだ。どうだ。」

「メガネをかけるだけでもてるなら、僕の周りはとっくにハーレムですよ。」

「そうか・・・。」

「しみじみ納得するのはやめてください。」

「へいへい。ところで葉子は?」

「家で待ってるそうですよ。友達が来るって言ってたかな。」

「なんだ、つまらん。おまえと並んでるところをからかってやろうと思ってたのに。」

「?・・・からかうって何をからかうんですか?」

 ちょっと絶句した。こいつ、どこまで堅物バカなんだ。それにつけこんで妹の高校生活の番犬にって画策したせいで、周り中からカップルだって思われているのにも気がついてないし。だいたい、部室に俺の忘れ物を取りに行かせた葉子と親しげに話をしているのを見られて以来なんだから、もう1年以上経ってるぞ。なんでわからないんだ、このバカ。いや、気がついていないといえば、その時、たまたま部室にいあわせた家庭クラブの女の子が片思い敗れたり、って後で大泣きしたっていうのも知らないんだろう。うあ、自分が蒔いたタネとはいえ、ちょっと腹が立つぞ。人畜無害に見えて、とんでもないな、こいつ。

「先輩、何をぼんやりしてるんですか?行きますよ。」

「いや、待てって。ちょっとおまえのバカっぷりに腹がたってきてたんだから。」

「はいはい、わかりました。歩きながら聞きますよ。」

「うわ、かわいくねぇ。」

「先輩にかわいく思われても気持ち悪いだけですから。」

「・・・あのお、今泉くん?どったの、なんか性格変わってない?」

「一つ、ふらふらと旅に出歩いて家族に心配をかけている先輩に怒っている。二つ、この寒いのに迎えに来させた挙句、バカ呼ばわりされて腹を立てている。三つ、葉子ちゃんと僕のことを面白がって茶々まぜようとしているのにムカついている。以上、大きなところはこの三つです。先輩、もう少し大人になりましょうよ。」

「怖いなぁ~。そりゃ、行動範囲が広がった分、連絡がつかない期間は長くなったかもしれないけど、俺があちこち旅に出てたのは昔からだろう。おまえが俺の家族の分まで心配することはないぞ。まあ、バカ呼ばわりしたのは謝る。すまんな。」

 言いながら、気がついた。こいつが一番怒っていること。ふむふむ、良い傾向じゃないか。ようやく変わるらしい。もしかして地元の大学選んだ理由って、世間一般的良い子ちゃんモードの答だけじゃないな。

「早く来てください。山崎たちが先輩が来るのを待ってるんですから。とにかく一度、先輩の家に行って荷物置かないと。ぐえっ、苦しい。」

 あいかわらず堅苦しい言い方をする今泉にネックブリーカーをかけてやる。旅に出て、帰ってくる場所があるってのは、最高だ。久し振りに会う連中が、変わっていく。また好きになる。嬉しくなる。だから、旅はやめられないよな。

       **********

本日のお品書き、今回はお休みです。疲れたよ、あたしゃ。なんせ、この間書いた短いお話に、うっかり先輩が帰ってくる、としたもんで、夜眠ろうとしたら、先輩がうるさい、うるさい。なんだかんだ喋りまくり。しょうがないので続きを書きました。時々、アニメやゲーム、お芝居ネタで暴走しているこのブログ。さらに混迷の道をたどるようです。トホホのホ。

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今泉くん、センター試験終了

『山崎へ

 物理がいい出来で良かったな。私大でもセンター試験有効なところ受けるんだったら、一つ安心だからな。

 でも、それですぐ打ち上げってどういうことだよ?おまえ、二月に入ったら、私大の受験がすぐあっただろうが。まあ、息抜きは大事だけどさ。おまえら、補導されるようなことだけは止めとけ。それと、僕はパス。杏野先輩が帰ってくるって妹さんから連絡があったんだ。もし、先輩の都合がつけば、合流もありかも。携帯にメールしてくれ。

 じゃあ、またな。』

 送信っと。って、あれ、いい匂いだな、と振り返ると、片手にコーヒーカップを持った母がいた。

「母さん、何、人のメール見てるんだよ、全く。」

「だって、リビングで一生懸命にパソコンに向かっているから、親としては何か危険なサイトでも見てるのかと思って心配になるんだもん。」

「無理だから、それ。考えても見てくれ。リビングで、しかも家族共有のパソコンでそんなことするわけないだろう。」

「うん、もちろん、うちの森哉くんに限って、そんなリスキーなことしないもんね。ああ、どこを間違ったら、こんな品行方正で親が何の心配もしない子どもが育つのかしら。」

「・・・普通、それを間違った育て方とは言わない。」

「なんか『彼氏彼女の事情』の有馬くんみたいに優等生なんだもん。お母さん、つまんない。しかも有馬君みたいにブラックになるような要素が我が家にはないし・・・。」

 全く、うちの親は何を考えているのか。せっかくセンター試験がそこそこの出来で二次試験もこの調子なら楽勝だっていうのに。まあ、もっとレベルの高い大学を目指せ、と言われたのを蹴ってるわけだから、楽勝でないと困るんだけど。

 それにブラックになる要素がないわけじゃない。一人っ子の上に親父がけっこう年とってからの子どもだっていうのがあるから、将来親の面倒をみなくちゃならない、という理由で先生たちには地元で公務員か教員になるつもりで大学を選んだ、とは言っている。けど、本当は芝居にもっとはまりたかった、という気持ちはあるんだ。ただ、身近に才能のあるヤツがいて、自分の器の小ささを思い知って、だから、芝居は趣味の域にとどめることにした、っていうレベルのブラックだけどね。どうして、あんなふうに人の目を引きつけてやまない人間がいるんだろうな。

「ねえ、もーちゃん。」

「もーちゃんって言うな。小学生じゃあるまいし。」

「ごめんごめん。えっとね、杏野先輩帰ってくるの?」

「うん、妹さんがそう言ってた。」

「そうかぁ。また、お芝居やってくれないかな。すごく素敵よね。彼が舞台に立つと、もう目が離せなくなっちゃうんだもん。」

「・・・うん、そうだね。すごいね。」

「それで、妹さん、えっと葉子ちゃんからバレンタインにチョコもらえそう?」

「ッバ、バカ母さん。何、突然、訳わからんことを・・・」

「えー、ということは、もしかして告白もまだなの?しっかりしないと、取られちゃうわよ。」

「い、い、いらん世話だ。僕は勉強する。まだ二次試験があるんだから。」

「ふーん、頑張ってね。も・ち・ろ・ん、彼女のほうもね。」

「やかましい!!!」

                  ******

お粗末さまでした。以前、紐育レビュウショウを紹介してくれた今泉くんのその後です。そういや彼、受験生だったな。で、昨日今日がセンター試験か、と思いつき、突発的に書いてしまいました。いじられキャラなので、楽しいです。まだ、二次試験もあるし、大学入学もあるので、何か思いついたら、こんな感じで書くかもしれません。

本日のお品書き=海老フライ定食

Ebihurai 本日は月に一度の巡回業務(移動図書館小型バージョン)。午前中一杯つぶれます。お弁当を持ってうろうろするのもなんなので、この日は分室の近くのお店でお昼ごはんを食べます。海が近いので、このお店の定食はもれなくお刺身がついてきます。あまりナマ物が得意ではないあたしには、やや辛い。ので、カレーとか丼とかになるのです。で、今日は思い切って海老フライ丼を注文。でかい、海老がでかい。とーっても食べ甲斐がありました。

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